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<title>Outrageous Fortune</title>
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<description>かつてのうるさい女たちも今は静かにしっとりの「ノリ♪」で…？？？</description>
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<title>「岩国事件」を忘れないために</title>
<description> こんばんは、久しぶりのAby…です。覚えていらっしゃる方も多いと思いますが、明日１０月１４日は「岩国事件」…２００７年に広島で起きた米兵による集団レイプ事件の日です。二年前のことでした。決して忘れてはいけない米兵による女性への性暴力事件。そしてこの米兵によるレイプ事件は、平和といわれている日本の中で起こり続けています。当時、この広島での被害女性は、救援者と分断された孤立無援の中で、私たちが想像しても到
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<![CDATA[ こんばんは、久しぶりのAby…です。<br /><br />覚えていらっしゃる方も多いと思いますが、明日１０月１４日は「岩国事件」…２００７年に広島で起きた米兵による集団レイプ事件の日です。二年前のことでした。<br /><br />決して忘れてはいけない米兵による女性への性暴力事件。<br />そしてこの米兵によるレイプ事件は、平和といわれている日本の中で起こり続けています。<br /><br />当時、この広島での被害女性は、救援者と分断された孤立無援の中で、私たちが想像しても到達できない程の恐怖と苦しみを与えられたことだろうと思います。<br />同じ女性としてこの事件を思い出すたびに、もし自分だったらそんな恐怖の中でどうしていただろうと、のどや胸や身体のあちこちが痛みます。<br />と、同時に、未だに解決されていない旧日本軍による「慰安婦」（性奴隷被害者）問題とも無関係ではないことを知らされます。<br /><br />思いを言葉にして話し合おう、誰かにこのことを伝えよう。<br />関係している女性団体からの声掛けに、「私だったら何ができるだろうか。」と考えて、一つ結論を出しました。<br /><br />１０月１４日からしばらくの間、今「性被害」に遭っている人たちの気持に寄り添おうと思います。<br /><br />スカイプによる無料「性被害」相談を受け付けます。<br />問合せ先は sos358abus@yahoo.co.jp です。<br />もしくは私の個人アドレス　yattyannnohaha@yahoo.co.jp でもOK。<br />パソコンがWindowsXP以上でしたら以下のサイトからスカイプ（無料パソコン通話）がダウンロードできます。<br />http://www.skype.com/intl/ja/<br /><br />どうしてもダウンロードが出来ない人のために、問い合わせメールの返信に相談用電話番号をお知らせします。<br />いずれかのメールでご相談ください。<br /><br />あなたにも非があったといわれて苦しんでいる人、<br />「忘れなさい」と諭されてそれが二重苦になっている人、<br />専門機関に相談する機会がなくて辛い人が廻りにいたら、<br />どうかこの相談アドレスを伝えて下さい。<br /><br />カウンセングの実績はまだ数年ですが、過去にDVを受けてサバイバーからスライバーに花咲いた者の一人として、支えになれる事があれば幸いです。<br /><br />なお、いずれの情況による性被害も、一定期間を無料で承ることを今後も私のライフワークにしたいと思っています。<br /><br /><br />もし、このような思いを私と共有してくれる人が他にも現れてくれたら、勇気百倍です。<br /></a><br clear="all"><p align=right>(心の相談室「えがお」主宰　　Aby…）</p align=right><br /><a href="http://blog-imgs-27.fc2.com/u/r/u/urusaionnatati/caffee_20071231082551.gif" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-27.fc2.com/u/r/u/urusaionnatati/caffee_20071231082551.gif" alt="caffee_20071231082551.gif" border="0" width="100" height="100" /></a><br /> ]]>
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<dc:subject>市民運動</dc:subject>
<dc:date>2009-10-13T23:56:05+09:00</dc:date>
<dc:creator>Aby…</dc:creator>
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<title>あふれる愛を継いで…凛とした人「神田香織さん」</title>
<description> 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　「世界がどんなに平和でも、人には哀しい夜がある。それは愛するものとの別れ…」と、静かな語りで始まった神田香織さんの講談「哀しみの母子像」は、会場になった福岡市中央区「ふくふくプラザ」の視聴覚室をすすり泣く声で一杯に満たしていきました。私が属している市民団体沖縄とむすぶ市民行動・福岡が主催した講演会での光景です。数々の米軍基地抗議、反戦運動、真実へ
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<![CDATA[ 　　　　　　　　　　　　　　<br />　　　　　　　　　　　　<a href="http://blog-imgs-32.fc2.com/u/r/u/urusaionnatati/978-4-8228-0756-6.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-32.fc2.com/u/r/u/urusaionnatati/978-4-8228-0756-6.jpg" alt="あふれる愛を継いで「ジェット機で" border="0" width="150" height="220" /></a><br /><br />「世界がどんなに平和でも、人には哀しい夜がある。それは愛するものとの別れ…」<br /><br />と、静かな語りで始まった<a href="http://www.ppn.co.jp/kannda/main.html" target="_blank" title="神田香織さんの講談「哀しみの母子像」">神田香織さんの講談「哀しみの母子像」</a>は、会場になった福岡市中央区「ふくふくプラザ」の視聴覚室をすすり泣く声で一杯に満たしていきました。<br />私が属している市民団体<a href="http://kshibata7.cocolog-nifty.com/okinawa/" target="_blank" title="沖縄とむすぶ市民行動・福岡">沖縄とむすぶ市民行動・福岡</a>が主催した講演会での光景です。<br />数々の米軍基地抗議、反戦運動、真実への追求行動を起こしてきた沖縄とむすぶ市民行動・福岡では、今回は視点を沖縄以外の米軍基地地域（神奈川県）に向け、社会派講談師神田香織さんのこの「哀しみの母子像」講談を企画、開催し、そこから見えてくる今の日本の平和、憲法のあり方を参加者と共に今一度考えてみる事にしました。<br /><br />　昭和５２年（１９７７）年9月２７日、横浜市緑区荏田（えだ）町（現青葉区荏田北）に米軍機が墜落し、幼い子二人と母親が亡くなったこの事故を風化させないために、母和枝さんの父親である土志田勇さんの志を継いで、２００９年２月から神田香織さんが講談として語り継ぎ始めたものです。<br /><br />　墜落事故後離れ離れに入院した幼子二人に会える日を夢に見て、全身を覆う火傷との凄まじい闘いに耐える和枝さん、しかしその後の告知で二人の死という事実を知り絶望の淵につき落ちされた和枝さんの哀しみ、怒り、あふれる親子の愛と絆を、講談師神田香織さんはその情景を激情に流されることなく淡々と、時には囁くように、そして力強く語っていきます。<br /><br />会場内はその神田さんの語り口にじっと惹きつけられ、やがてどこからともなくすすり泣く声や、堪え切れない嗚咽の音が…<br />司会を担当していた私は最前列で視聴、こらえて聴いているけど、直ぐに「うっ、うっ。」と音が出てしまう…<br />慌てて我に返り、ハンカチで口を覆う。口を覆えば直ぐにまた目頭から新しい涙が…<br />口元と目頭を交互に押さえながらの視聴でした。<br /><br />　講談終了後も、しばらく会場はシーンとしていました。<br />神田さんが「ご清聴有難うございました。」と言う言葉と共に尺台に頭を沈められてはじめて、私たちは我に返ったのでした。<br />大きな拍手が会場いっぱいに響きました。司会席から後ろを振り向くと、皆さん目頭を押さえていました。<br /><br />　その後１０分ほど時間をとり、尺台の神田さんと会場との交流が。<br />神田さんとのやり取りでも声を詰まらせて感想を述べる人が続きました。<br /><br />当時小学生で、横浜に住んでいて、下校時にたまたまその事故を見ることになった０…さんは、その当時の事を、この神田さんの講談の始まる直前に、今回帰省した時に写してきた母子像の写真説明と共に会場の皆さんに説明してくれたのですが、神田さんの講談終了後のその交流タイムで感想を述べながら、ついに涙声となって号泣されました。<br />母子像と同年代の子供を持つＯ…さんにとって、きっと様々な形で共感一致となったのだと思いました。<br /><br />また、ある男性も、「私もその頃横浜に住んでいて、偶然にもその事故の光景を遠くから見たんです。」と。<br />「当時皮膚提供に参加して並んだ事もあるんです。あまりに悲惨な事故だったので、子供達には伝えるのを自分の中で拒んでいました。でも、今の神田さんの講談を聞いて、やっと話せる心境になりました。自分が今ここに来れたのも、３２年前のその事故との縁が繋いでくれたんだと思っています。ずっと心に引っかかって何かしないと、と思っていました。子供達に話してやろうと思います。」と、涙声で感想を言われました。<br /><br />すると、また一人の男性が手を上げて、「私は、その事故の被害者の和枝さんの、当時夫であった人とは同級生なんです。彼の出身は筑豊で、横浜で和枝さんと結婚をして生活していたのでした。事故当時我々同級生も彼を一生懸命応援して支えました。今日、神田さんの講談を聴いて、友人も色々と辛い事があったんだなと思いました。知らなかった事がいっぱい聴けて今日はよかったです。」とやはり涙声で。<br /><br />遠く離れた神奈川での出来事が、長い時を経てこんなにも身近で多くの人たちとの偶然の出会いをもたらせてくれるなんて…<br />人と人はつながっているのだなぁと感じた一瞬でした。<br /><br />返す神田香織さんからの言葉、<br />「皆さんのお聴きになってくださっているお姿を見ながら、ああ、今日はやれてよかった、と思いました。まだ二月に始めたばかりの新作なのですが、これからもこの「哀しみの母子像」を新たなメッセージとして全国に届けたいと思います。」<br />「米軍機墜落事故による和枝さんの４年間半の闘病生活がどのように凄まじいものであったか、その後語られていなかったこの親子の悲劇を語り継ぐ事で、和枝さんの父親土志田勇さんの志を多くの人に届け続けたいと思います。」<br />「足を踏む側と踏まれる側に出会ったとしたら、私はどのような場面でも足を踏まれる側の立場に立ってその思いを伝えて行きたい。」と、凛として強い思いを語る神田さんのその姿はとても眩しく素敵でした。<br /><br />　講談という古典から今に続くこの日本独特の芸能を、このような形で現代社会に新鮮に表現し、この世の不条理を訴えていくという神田さんの取り組みは、これまでに講談に直接触れた事の無かった私たちに五感を通して聴くことの素晴らしさと、さらにこの社会のあるべき姿を追求することの大切さを教えてくれた様に思います。<br /><br /><br />　沢山の人たちにこの「哀しみの母子像」の講談を聴いてもらいたいと思います。あなたの町でも、どうぞ薦めてみてください、きっと心打たれる人たちが多く居る筈です。<br />神田さんの生き方に共感して社会が共に大きく動いていかなければならない時代に来たと痛感した、私にとって意味の深い一日でした。<br /><br /><br /><br />神田香織さんのＨＰを貼り付けます。↓<br />　　　　　　<a href="http://www.ppn.co.jp/kannda/" target="_blank" title="講談師／神田香織">講談師／神田香織</a><br /><br />ついでに「沖縄とむすぶ市民行動・福岡」も、ポチッ↓<br />　　　　　　<a href="http://kshibata7.cocolog-nifty.com/" target="_blank" title="沖縄とむすぶ市民行動・福岡">沖縄とむすぶ市民行動・福岡</a><br /><br /><a href="http://blog-imgs-27.fc2.com/u/r/u/urusaionnatati/caffee_20071231082551.gif" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-27.fc2.com/u/r/u/urusaionnatati/caffee_20071231082551.gif" alt="caffee_20071231082551.gif" border="0" width="100" height="100" /></a><br /></a><br clear="all"><p align=right>(うるさい女　Ａbｙ...）</p align=right> ]]>
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<dc:subject>市民運動</dc:subject>
<dc:date>2009-08-27T00:20:59+09:00</dc:date>
<dc:creator>Aby…</dc:creator>
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<title>８月だぁ！</title>
<description> 信じられない涼しさが続いています。ご無沙汰していますがお元気ですか？最近記事がアップしていないとご心配の連絡を時々いただいていますが、私はお陰様で大変元気にしています。ご心配くださっている皆様へはこのブログを書く事で元気便りとさせてくださいね。７月の豪雨は何の被害も我が家にはありませんでした。天候が悪くても、最近は何も動じる事がありません。自分の住んでいる家を信じ、遠い家族の無事も信じ、自らがあえ
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<![CDATA[ 信じられない涼しさが続いています。<br />ご無沙汰していますがお元気ですか？<br />最近記事がアップしていないとご心配の連絡を時々いただいていますが、私はお陰様で大変元気にしています。ご心配くださっている皆様へはこのブログを書く事で元気便りとさせてくださいね。<br /><br />７月の豪雨は何の被害も我が家にはありませんでした。<br />天候が悪くても、最近は何も動じる事がありません。自分の住んでいる家を信じ、遠い家族の無事も信じ、自らがあえて不安を起こさないように心がけている日々です。<br /><br />近況ですが、忙しい日を過ごす事の無いように、仕事（カウンセリング）の調整をするように心がけています。現在は口コミだけの相談室ですが、あわてない、あわてない、食べていけるだけで幸せ。余分なことはしないでぼ～っと過ごす。過剰な事は起こさない。自分の「分」にあった事をする。最近はこの感じ方が私の主流です。<br /><br />お陰様で、どんな揉め事にも遭遇せず、ややこしい心理ゲームにも出逢うことなく、ただただ元気で居れる幸福感だけが私の周りに漂っています。<br /><br /><br />少し前の事ですが、７月、沖縄に行ってきました。<br />久しぶりに飛行機に乗って、３月以来ご無沙汰だった懐かしい沖縄の人たちと共に楽しい旅行をしてきました。正観さんとの久米島一泊旅行です。総勢３４名でした。<br />３月に会っていた人達との再会もあって、とても嬉しかったです。<br />私の膝のことがすでに沖縄にも伝わっていて、逢う人ごとに、「おおっ！」と驚きのリアクションを貰って、その度にハグをもらったり握手をもらったりして、感無量でした。<br /><br />錬堂さんが５月に沖縄に行かれた時に、皆さんに伝えてくださったようです。うたしショップのＫa…さんも「見方道講座」で一緒だった人たちに元気になった近況を伝えてくださっていました。<br />私の膝の一番酷い時を沖縄の皆さんは知っているので、実際に歩く姿や小走り出来る姿を見て、驚きの視線で、「同じ人とは思えないくらいだね。」「話には聞いていたけど本当だったね。」と、改めて錬堂さんのすごさを実感してくれたようでした。更に私の喜びもひとしおでした。<br /><br />３月には歩かなかった国際通りを、今回はゆっくり何度も歩いて買い物を楽しみました。<br />建物の中では長い階段を難なく上ったり降りたりする私の後姿を見て、誰もが、「ほんとに良くなったんだねぇ！」と何度も言ってくれました。<br />心から、ありがとうございます。<br /><br /><br />ええ、昨年来ずっとお会いしていない熟年ネットのお友達にもお見せしたいくらいに回復しています。その節は色々とご心配くださって有難うございました。<br />まだオフやミニオフなど、参加する予定が立ちませんが、そのうちに時間を見つけて行きますね。<br /><br />ではまたね♪<br />今日は近況のみです。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-27.fc2.com/u/r/u/urusaionnatati/caffee_20071231082551.gif" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-27.fc2.com/u/r/u/urusaionnatati/caffee_20071231082551.gif" alt="caffee_20071231082551.gif" border="0" width="100" height="100" /></a><br /></a><br clear="all"><p align=right>(うるさい女　Ａbｙ...）</p align=right> ]]>
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<dc:subject>日々雑感</dc:subject>
<dc:date>2009-08-01T20:38:57+09:00</dc:date>
<dc:creator>Aby…</dc:creator>
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<title>受け入れることの意味を深く考える　（その２）</title>
<description> この青年と私がピアを始めてもう３年ほど経ちました。今回のような進歩的なことがあったりしても、青年の心の中は行きつ戻りつの状態の様に私の目には映ります。あとちょっとで自分の殻から抜け出せるかな…と思う週もあれば、その翌週には打ちひしがれたような様子で、自分の思考の中に戻ってしまっているようです。ただ、こういう経過を繰り返していても、それなりに前に進んではいる様子なんですが。それは明らかに目に見えてき
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<![CDATA[ この青年と私がピアを始めてもう３年ほど経ちました。<br />今回のような進歩的なことがあったりしても、青年の心の中は行きつ戻りつの状態の様に私の目には映ります。<br />あとちょっとで自分の殻から抜け出せるかな…と思う週もあれば、その翌週には打ちひしがれたような様子で、自分の思考の中に戻ってしまっているようです。ただ、こういう経過を繰り返していても、それなりに前に進んではいる様子なんですが。<br />それは明らかに目に見えてきました。ピアを受ける立場としてはすごく嬉しいことです。<br />で、課題はこれから先のこと。<br /><br />「そろそろ私とのピア以外に、ほかの人とピアをやってみてもいいと思うのだけれど。」「一人の人と話して慣れていくという方法から、少しずつ角度を変えてやってみるのもいいような気がするんですよ。」と、私。<br />青年とのこの１年半は、以前からのようなピアカウンセリングというよりも、むしろ友達付き合いという形態で進行してきたように思います。青年は以前も書いたようにあるところのクライアントさんだったのだけれど、私がそこを去った後も個人契約で青年の希望通りにピアを続けています。<br /><br />なので、このピアをスーパーバイズする人はもう居ないわけで、それならばお金を払ってまで私とピアを続ける必要はないのでは？元々ワークショップを通じてお友達になったのだから、ＮＰＯを外れた時点でボランティアで無償のピアを引き受けても良いんですよ、と私が何度か伝えるのだけれども、「交通費とかコーヒー代とかあるし、有償のピアはこのまま続けて欲しい。」と言う。　　いやはや、かたくなに律儀を通そうとされるのです。まだ無償の友好関係をあまり構築したことが無いような様子です。いずれにしても、交通費とコーヒー代程度の報酬は結果的に元のＮＰＯ時代よりも半額にして私がいただくということで折り合いがついたのでした。<br />なのに、次のステップにはなかなか進めないでいます。（笑）<br /><br />次のステップというのは、早く私のピアから別の人とのピアに移行するという意味があります。<br />私から見る青年はもうそろそろその時期に来ているはずなのだけれど、なかなか青年のほうが必要としていないようなのです。これと言うほどの人付き合いへの自信がまだ確立しきれていないのでしょう、とても慎重です。そんなに慎重すぎるのには青年なりの深い意味がきっとあるのでしょう。<br />でも私の方にも感じるものはあるわけで、少しずつ少しずつ羽ばたけるようにしてあげたいと思うし、そのためには私も時々違うアプローチをかけて刺激する必要もあるのです。<br /><br />「これまでの対話交流で話が大分できるようになってきたのだから、次のステップでほかの人とも話してみるという方法がベターだと私は思うのよ。」「いつまでも同じところにとどまっている状態ではもうないと思うんだけれど。」「このままずっと続けていても、いずれは私への依存になってしまう恐れがあるよ。」「で、もうそろそろ飛び出す時期に来ているのではないかなぁと私は思うのよね。」<br />（この言葉はカウンセラーとしていうのではなく、親愛なるピアの相手として伝える身内的な表現ということを理解してください。カウンセラーは決してクライアントさんをジャッジしませんし、無理を強要する事もありません。私と青年の間にあるのはカウンセラーとクライアントではなく、ピアという仲間関係です。）<br /><br />数年間のピアで私たちは自我状態の話やほんとに深い内容の話をしてきました。<br />この間、青年の中に色んな気付きが起き、とくに青年と母親との関係が一番青年の傷に深い影を落としているということも青年は気づきました。父親に父性を確認することも出来ず今に至ったと青年は言います。家の中に人として生きるモデルケースの存在が無く、「ただ女々しさ、女の打算的なしたたかさしか、私の母には見当たらない。」とさえ青年は言うのです。<br /><br />「お母さんへの文句の陰には、その人へのそうあって欲しくないという願望が案外隠れているのよ。それに、母親が打算的だと思うということは、自分の同じようなそんな部分が投影という形で反応しているということも考えられるわ。あなたも心理学を学んできたからすでに知っているよね。」と私が話すと、「ああ、そうでしたよねぇ。」と思い出す表情を見せます。<br />『はい、でも…』のゲームを繰り返す青年へは、こういう風に私の方向から今見える青年の様子を伝えると、少しずつ客観的に見る自分を取り戻して行きます。<br /><br />心理学を学び、ゲシュタルトを体験し、様々なワークに参加し、それを自分のものにしようと頑張っている姿があるのだけれど、それなのに、つい、『はい、でも…』を繰り返す人の心理。<br />幾度も学んだゲームについて、疎いはずは無いのにそのような行動をとる人の心理状態は、やはり核となる母子分離が終結されていないということも、いくつかの理由の中でもかなり大きく閉める問題点であろうと思われます。<br /><br />生まれ出たその日から（実際にはお母さんの胎内にいるときから）「Ｃ」の自我状態がたっぷりと与えられていないと、子供は安心と安全を確保できないままの不安定な自我形勢になってしまいます。<br />青年はまさにその典型のような自我を形成して大きくなってきた様子でした。<br /><br />人の自我は皆、最初に「Ｃ」の自我状態から発達していきます。この時点でおっぱいは母親と共有のものであり、外側からの全ての行為が自分と母は一体であると子供は信じているのです。<br />お尻が濡れるとオムツが取り替えられる行為を経て得る快感も、乳児にとっては、自分の中で起きている一体のものであると信じている感覚なのです。<br /><br />お母さんの見せる笑顔が、「ああ気持ちいい。お母さんも今気持ちいいんだな。」「ああ美味しい。お母さんも笑っている、おんなじ気持ちなんだ。」と乳児は感じるのです。<br />付け加えると、乳児の頃の自我状態にはまだ母親の存在というよりも、言い換えれば母親は自分そのものなのです。欲しいときに欲しい物を獲、不快が直ぐに快に変わるこのことは、感覚的に思い通りになるという子供の「Ｃ」の自我状態が常に満足されているという状態です。<br /><br />眠いときに身体を揺らせて眠らせてくれる人、声をかけてくれる人、なでたりさすったりして皮膚にいい感触をくれる人、全部が子供とその養育者とが一体なので、この時点では子供と養育者はひとつなのです。<br />良いストロークをくれて、悪い刺激を直ぐに取り去ってくれる養育者の肯定的なストロークは、食べ物と同じで子供の重要な栄養源なのです。<br /><br />口に物を運んでくれる養育者が不機嫌な状態でいることが多いと、子供はそれも敏感に受け取ります。いいものが受け取れない状態になってしまうのです。<br />それほど、この時期の子供の自我状態は養育者との関係が密接に影響してくるのです。<br />これでおおよそ見当がつくでしょう？<br />小さいときに養育者（一番身近に居る人）から思うほどに愛情を育まれないで育った子供は「Ｃ」の自我の確立が乏しくなり、気分的な愛情を与えてしまいがちな大人に対して順応した　「未熟なＣ」の自我状態を表現するようになってくるのです。<br /><br />そもそもの養育者である側の自我状態が、「Ｃ」の自我状態が充分にはぐくまれないで育ってきた親であれば、なおさらこの「子」に与える「Ｃ」の栄養不足が影響してしまうのです。<br />親から子へ良くない循環が輪廻する理由を作ってしまう所以です。<br /><br />さらに、次に影響を与える「Ｐ」の自我状態にしても、与える側の「Ｐ」が全て子供に影響するわけですから、厳しすぎる「Ｐ」ばかりが親側から排出されると、子供は「ＣＰ」の自我をより多く強く受け取ってしまうし、「ＮＰ」をうまく機能するチャンスがあまり与えられずに大きくなってしまうことになります。<br /><br />そのように親から「ＣＰ」や「ＮＰ」を学習しながら、子供は次に「Ａ」の自我を形成していくのです。<br />厳しいばかりの「ＣＰ」から発せられる知恵や知識は、学習バランスがうまくとれずに、世の中というものを偏った見方で学習することになりますから、自ずと「Ａ」の知識に偏りが出てしまいます。<br />親が持つ「偏見」が子供の「Ａ］に影響を与え育っていくのも、この時期からすでにあります。<br />それぞれの家庭にある「Ｐ」「Ａ」「Ｃ」の学習が親からの影響により異なるので、その家風にあった子供が出来上がります。いわゆる「育ち」です。<br /><br />だからといって、「育ち」がずっと個人を支配し続けるとは限りません。<br />これらの「Ｐ」「Ａ」「Ｃ」は、親が育ち盛りの子供に影響を与えることには間違いはありませんが、１２歳くらいまではその親の影響が子供に多くあるとして、その後１２歳以降は「Ａ」がぐんぐん親以外の環境から知識を取り入れる発達をしてくるので、学習次第ではいくらでも良い影響を与えることが出来るし、その「Ａ」が学習して改めてこれまで不完全だった「Ｐ」や「Ｃ」をも修正しようとしていくので、人間はどこまでも成長していくという嬉しい研究結果を、Ｅ・バーン氏は５０年前に教えてくれたのです。<br />彼の業績は偉大ですよねぇ。<br /><br />先の青年とピアをするときに、特に私はこのＥ・バーンのこの交流分析をフルに使って対話を心がけようとします。<br />青年の色々な不安定な状態を観察しながらも、『彼は私という仮の親で「Ｐ」「Ａ」「Ｃ」を学びなおそうとしているのではないか。』最近よくそんな風に感じるようになりました。<br />３年近くピアをやっていてもまだ青年が私の元を卒業しようとしないのは、これまでの青年の人生の中で、あまりにも青年を取り巻く環境からの学びが少なかったからなのではないかと思えてきたのです。<br /><br />最初に出会った頃の青年は、「ＣＰ」と「ＡＣ」がかなり突出した状態でした。「ＦＣ］は殆ど機能させていなくなかなか笑わないし、強い「ＣＰ」が私の表現や言い間違いを許さず、いつでも縁を切ってやるぞという風な態度で、何かにつけて攻撃の言葉を向けていました。<br />「それこそがあなたの心の癖よねぇ。」と最近はようやく軽いジョークも伝えられるようになり、苦笑しつつメッセージを与えたりも出来るようになり、また、受け取る青年も、時には攻撃を繰り返しながらも少しずつ穏やかな応答をしてくれるようになり、最近は「ＮＰ」の使い方も随分うまくなり、それらが影響して、「ＣＰ」の表現も場に応じた表現が多くなりました。会話中よく笑ってくれるようになりました。<br /><br />まだまだ青年の中に取り入れた「禁止令」が強くて、なかなか親元から脱出は出来ないようだけど、それでも自分に良い許可を与えようと模索しているのが見えてきます。<br />青年が親たちへ向かって「ＮＰ」や「ＦＣ」を向けてもなかなか受け取らない親たちのようではありますが、それでも青年はどこかでその自我状態を出していこうと懸命になっているのが解ります。<br />私に面白い本を見つけては手渡し、「僕はこれを読みました。とてもよかったのでＡｂｙ…さんも読んでください。」とひと月に１～２回持ってきてくれます。<br />自分の学んだワークのレポートも必ず清書して私に持ってきてくれます。見せるのではなく、わざわざコピーをして私用にとくれるのです。<br />一生懸命「ＮＰ」や「ＦＣ」の自我を使おうとして、時には過剰になって押し付けがましく思える時もあるにはあるんですが、でも私はそんな時でもあえて制止しません。<br />「受け取る時にはきちんと受け取ってあげよう。」と思います。<br />心を込めて「ありがとう。」というと、青年はとても嬉しそうな顔をします。きっと親の前ではこういう笑顔は表出したことが無いのだろうと大いに想像できます。<br /><br />この文章の最初の方に、私は「依存」という表現を使ったけれど、実は彼は私を練習台にして肯定的ストローク、あるいは無条件のストロークの実践をしているのです。そう思いました。<br />青年の人間関係の乏しさの環境の中では、この練習台をしてあげる様な立場の人が居ないわけで、週一のピアの時くらいしか青年の甘えるという形の「Ｃ」の育成が出来ないのだと理解しました。<br />健気でいとおしいと思います。私の方も成果として「ＮＰ」がどんどん刺激されるのです。<br />そして青年はほんとに努力しているのです。偽りの無い「Ｃ」の気持ちを私の前で出してくれる様は、まるで３～４歳の頃のわが子達と重なります。<br />私は青年とピアをしながら、我が子たちに出してやれなかった事もあっただろう「ＮＰ」の自我を、さらにフルに活性化させているのだとも感じます。<br />ピアで行う傾聴は、いくらでも私の過去で足りなかった優しさを再生産させてくれるのです。<br /><br />青年の実の親は決して青年を見捨てているわけではないのだろうけれど、見捨てられていると感じて大きくなってしまった青年…<br />青年の認知のゆがみが修正されるまでにはかなり時間が必要でしょうが、壮年期を前にして少なくともここ１～２年はいい感じで修正されてきています。<br />「そうですかね～」とテレながら頭を傾げる青年。<br />「それはね、ためす人や、話をする人が多分あなたの周りにいなかったからよ。これからは少しずつ肯定的なストロークを持つ人たちのところに出て行って、自分のストロークを実践すると、否定する人たちばかりではないということが解るようになるよ。小林正観さんの合宿とか、見方道コースとか、その気になれば沢山あるよ。」<br />「そうですねぇ。」<br /><br /><br />「自分は人に受け入れられていない。」と長い間頑なに信じてこわばってしまっていた目の前の青年。<br />生意気なことばかり書いてきているけど、見方道の学習をして以来、私自身もこのようなタイプの人のことをどれだけ受け入れられるかという実践がまだまだ必要です。。<br />そんな中でこの青年との対話は、刺激的に私を交流分析や見方道の学びの道に走らせてくれます。<br />これまで決して他者を受け入れることをしてこなかった青年。信じるということを体験してこなかった青年。むしろ、「他人を信じてしまえば裏切られてしまうのだ！」という悲惨な体験ばかりしてきた結果、自分をディスカウントしてしまうことになった青年の半生。<br />言い換えれば、私も青年のように様々な人間関係を通り越してきた結果だからこそ、今　青年の気持ちが痛いほどに解る。<br />この青年との対話で、私の方こそが、「相手を受け入れることの意味」を心ゆくまで学び続けているのでした。<br />実はそうなんですよ、この学びは決して青年に与えてあげるためにあるのではなくて、この私のためにこそあったのです。<br />青年とのピアで、私はこのことをとても真摯に受け取っています。<br /><br /><span style="font-size:x-small;">※文中では守秘義務を守るため、 個人を特定できる情報は掲載しておりません</span><br /><a href="http://blog-imgs-27.fc2.com/u/r/u/urusaionnatati/caffee_20071231082551.gif" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-27.fc2.com/u/r/u/urusaionnatati/caffee_20071231082551.gif" alt="caffee_20071231082551.gif" border="0" width="100" height="100" /></a><br /></a><br clear="all"><p align=right>(うるさい女　Ａbｙ...）</p align=right> ]]>
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<dc:subject>心理学</dc:subject>
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<dc:creator>Aby…</dc:creator>
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<title>受け入れることの意味を深く考える　（その１）</title>
<description> 笑えない話があります。もう半年も前の出来事ですが、ある青年とのカウンセリング中の会話から。一週間に一度の回数で会っているので、会ったときにはこの一週間過ごした内容から話が始まります。５年前に仕事を辞めて帰省してきた青年は、元の職場の同僚で会社のスポーツチームでも一緒だった仲間から久しぶりにメールを受け取りました。「結婚することになったので案内状を出したいからそっちの住所を教えて。」という内容でした
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<![CDATA[ 笑えない話があります。<br />もう半年も前の出来事ですが、ある青年とのカウンセリング中の会話から。<br /><br />一週間に一度の回数で会っているので、会ったときにはこの一週間過ごした内容から話が始まります。<br /><br />５年前に仕事を辞めて帰省してきた青年は、元の職場の同僚で会社のスポーツチームでも一緒だった仲間から久しぶりにメールを受け取りました。<br />「結婚することになったので案内状を出したいからそっちの住所を教えて。」という内容でした。<br />青年はそのメールをもらった時点でちょっと悩みます。<br />元勤めていたところは本州、結婚式に出席するとすれば交通手段は飛行機、それにお祝い金もいる。<br />自分は今働いていなくてお金もない。どうしょう、住所教えたほうがいいんだろうか…と悩んだそうです。<br />「で、どうしたんですか？」と私は聴きます。<br />「メールに返事はしなくちゃと思って、住所書いて返信しました。おめでとう～って一応書きましたけど。」<br />「行こうと思っているんですね？」<br />「こういう場合、行った方がいいんですかね？」<br />「あなたの事情で決めるんですよね？」<br />「ぁぁ…、そうですよね。」<br />メールをくれた友人とはスポーツチーム仲間だったけれど、特に仲がよかったという相手ではなく、それなのに自分で決めることが出来ない青年。<br />メールで住所を教えたら早速結婚式の案内状が。<br />でも、どうしていいかわからない。<br />「決められない理由はなぁに？」<br />「結構いじめられていたんですよね…」<br />「ぁぁ、いじめられていたけど行こうと思っているんですね？」<br />「だって、案内状が来ましたから…」「でも、遠いし、お金ないし。」<br />「どうしたいと思っているの？」<br />「それが…、どうしたらいいんですかね？」<br />「あなた自身はどうしたらいいと思います？」<br />「だって、普通、案内状が来たら行かないと、ですね？」<br />「そうなんですか？案内状が来たから行くのですか？」<br />「それが…、行かないといけないですかね？」<br />何度聴いても、暗に私に許可を求めてくるのです。<br />いえ、こういうことって結構クライアントさんには多いんですが。<br /><br />冷ややかに笑わないで読んで頂けると嬉しいんですが、この青年はこれでも、自分をよりよい方向に変えたくて毎週私と会っているのです。自分を変えたい希望と自分の行動が一致しないで悩むのは本当はこの青年の本意ではないのですが、育った環境の中で自分に取り入れた禁止令があるために、大事な場面でどうしても自分で決められないんです。<br /><br />行動の自由を奪う「禁止令」。<br />親に逆らうことを絶対に許されないで育ってきた青年は、大人になった今でも、自分の事の小さな決断でさえも、いま目の前に親が居て支持する訳ではない筈の事でさえも、青年には自ら決定をすることに自信が持てないでいます。<br /><br />こう書くと、その青年がいかにも軟弱に映るかもしれませんが、そんなことはありません。多分どこの街でもすれ違う普通の青年です。普通に会話し、笑い、カウンセリングのような深い話をすることがなければそんな苦しみがあるなんて判らない位、フツーの青年です。<br /><br />禁止令というのは普通に私たちが生きていて居る中で誰にでも幾つかはある、『～するな，～してはいけない』という禁止命令の事です。 成長する時にその環境≪親（または養育者）との生活の環境≫の中で自然に身についてしまったものです。禁止令はその人の育った環境が左右するので、人によっては ゆるやかなものから、時には『不合理で理不尽な』強い禁止命令になることもあります。（過去にこのブログでも書いたことがあります）<br /><br />この青年は、考えることや自ら決めることを許されないで大きくなった、というか、<br />「考えなさい。」「決めなさい。」と親が言う一方で、子供が結論を出そうとする前に結局親が親の価値観を子供に押し付けて結論付け、親の都合通りにさせて来たために、最終的に自分がしたいように行動することを許されず大きくなったのではないかと思われます。<br />強い親の縛りに身動きがとれず、結局彼は『～するな』、『～してはいけない』という禁止令を自らに課し、『自分で考えたことが思い通りになるなんてことはない』と、自分で決心する事を自ら避けて、そして相手の言うとおりになる選択をして大きくなってきたのでしょう。<br /><br />ところが、社会人となってしまった人生の中では沢山自分で結論を出さなければならず、こういう育ち方をした人はそういう場面に出くわす毎に、結論を出すのが苦しくて苦しくて、それが結局生き辛さにつながってしまうのです。<br />「いやだ！」と思うとおりに結論が出せない苦しさはいかばかりでしょう。<br /><br />青年はこうして何週間もこのことで悩み続けることになりました。<br />「結婚式まであと数ヶ月かあるので、返事の葉書は１ヶ月前までに出せばいいらしいので、それまでの間になんとか考えてみます。」<br />静かに見つめ続ける私の顔を時々目で追いながら、深いため息と共に青年はやっとここまで自分で結論を出しました。それはいわゆる「引き伸ばし」。<br />いつか目の前にまた結論を迫られる日が来るのだけれど、とリえず今は見ないでおこうというものです。<br /><br />あらららら…、見ないでおこうというのは逃げの言葉で、実際にはいつか時期が来たらもう一度それを見なくてはなりません。<br />結論を出す今を逃げたいがためにそうやって先延ばしをしているだけなのです。交流分析を一通り学んだことのある青年はそのことがちゃんと判っているのだけれど、今どうしてもその結論を出すことができない。この青年にとってのこの『～するな』という禁止令はもう大変な苦しみなわけです。<br /><br />学んで理屈で判っていても、『～してもよい』という解除を自分に与えることが出来ない苦しさは並大抵の苦しさではないでしょう。<br />ですが、決めるのは自分です。ほかの誰でもありません。<br />決められないでいるこの青年の話を、ここに訪れた人は誰も笑わないで欲しいと思います。<br />禁止令を持っていることがどんなに苦しいことか、わかって欲しい。<br />もしかしたらこの青年のような人は、あなたの周りにも居るかもしれないのです。<br />あなた自身であるかもしれない。<br /><br />少しずつしか進まない青年の様なタイプの人の成長を、ここに来る人には理解していただきたいなと思う私でした。<br />この日、「とりあえず一ヶ月前までには結論を出そうという決心がついたんですね、それは良かったですね。」と青年を肯定して終わった時、それまで苦悶していた青年に笑顔が出たのはいうまでもありません。<br />この笑顔は重要なのです。<br />だって、取りあえずであれ何であれ、<br />自分の力で出せた結論ですもの。<br /><span style="font-size:x-small;">※文中では守秘義務を守るため、 個人を特定できる情報は掲載しておりません</span><br /><a href="http://blog-imgs-27.fc2.com/u/r/u/urusaionnatati/caffee_20071231082551.gif" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-27.fc2.com/u/r/u/urusaionnatati/caffee_20071231082551.gif" alt="caffee_20071231082551.gif" border="0" width="100" height="100" /></a><br /></a><br clear="all"><p align=right>(うるさい女　Ａbｙ...）</p align=right> ]]>
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<dc:subject>心理学</dc:subject>
<dc:date>2009-05-27T23:58:20+09:00</dc:date>
<dc:creator>Aby…</dc:creator>
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